小学校から大学まで、私たち日本人が学ぶ学問は、近世以降西洋で発達した近代自然科学、人文科学が主流です。学校で学ぶ数学、理科、社会といった学問は、みな、西洋で生まれた理論、哲学、思想が原点にあります。
一方、東洋では、紀元前数千年前から、独自の理論、哲学、思想が育まれてきました。それが、《陰陽五行説》と呼ばれるものです。古来より東洋において国家および人々の暮らしを支えてきた「政治」「経済」「道徳」「医療」「暦」「建築」「都市設計」「食」「天文学」「易学」・・・それらすべては、この《陰陽五行説》に基づいて営まれてきました。《陰陽五行説》は、人間と自然とを“対峙”した関係と捉える西洋の考え方とは異なり、人間は森羅万象の大いなる営み、摂理と“連動”した存在であるとする、普遍的かつ哲学的な示唆に富んだ理論、思想です。
しかし、私たちは、この《陰陽五行説》を学校で一度も教わることなく、ともすれば一生触れずに終わる人も少なくありません。それは、東洋に生まれた人間として“もったいないこと”だと思います。

「陰陽五行説(陰陽五行学説ともいいます)」は、「陰陽学説」と「五行学説」の2つの学説を合わせた言葉です。

太陽があり、月がある。男がいて、女がいる。天があり、地がある。左があり、右がある。私たちが生きている世界は、“対の関係”で満ちています。
森羅万象を「陰なるもの」と「陽ようなるもの」の“対の関係”で捉える考え方を、「陰陽学説」といいます。この陰陽学説は、後に述べる五行学説と ともに古代の自然哲学として、東洋の伝統的な世界観に深く根付いており、漢方医学では、人体の生理機能や病理状態、薬の薬能を説明するのに応用されています。
陰陽とは、元来、山の日陰と日向、太陽と月のことをさしました。これは天体の運行や四季の推移から考えられた「自然界の仕組みや法則」で、自然界のすべてを‘陰’と‘陽’に分けることができるという考え方に 基づいています。「陰なるもの」と「陽なるもの」、相反する属性を持つ二つのものの関係から、物事の特性やバランスを説明するという、東洋で古代から続く自然観と宇宙観です。

分類空間時間季節性別温度重量水火明るさ事物の運動状態
春夏上昇外向運動
秋冬下降内向静止
分類人体部位組織構造機能活動
体表(表)背部上部皮毛六腑興奮・亢進状態
体内(裏)腹部下部筋骨五臓血、水抑制・衰退状態

陰陽学説の観点から「食養生」を考えると、体の状態が陰陽どちらにも傾きすぎず、その人にとって‘平穏なバランス’を保つことが、健康を維持することになります。
たとえば、旬の食事は、その土地でとれたもの、その季節に自然にとれるものを中心に食べることになるので、おのずと、暮らしている場所の気候・風土に適応し、季節の変化についていくことができるわけ です。
食養生を実践するためには、食材毎の陰と陽の属性を知らなければなりません。簡単にいえば、体を温める食材は陽のもの、冷やす食材は陰のものと考えられています。このことは食養生の観点から体に合う食材を組み合わせるときの大きなポイントになります。

陰陽太極図

道教のシンボルなどに見られる、白(陽)と黒(陰)の曲線から構成されるこの図。「天地自然之図」「先天太極図」となど呼ばれることもあり、「陰極まれば陽に至り、陽極まれば陰に至る」「陽の中に陰あり(陽中陰)、陰の中に陽あり(陰中陽)」という、陰陽学説の本質的なメッセージが込められています。矩形がなくすべてが曲線で構成されているのも、連続性、流動性の中で世界を捉える東洋的な観念、哲学の顕われといえます。

たとえば、「冷たい海鮮料理は体を冷やすので、温める作用のある生姜や紫蘇を添えて食べるのが良い」、「夏バテにはニガウリなどの冷やす性質の食材を食べるのが良い」などといった生活の智慧があります。これらは‘温める’という陽の食材を利用して、陰の過剰を抑えたり、‘冷やす’という陰の食材を利用して、夏の‘暑さ’という陽の過剰を抑えたりすることで、陰と陽のバランスをとり体調を調えるという考え方です。
偏った食事をしていると、病気になりやすい体になります。食養生でいう「偏った食事」というのは、栄養学的な話ではなく、「陰陽のバランスが悪い食事」という意味合いです。

●陽を養う食材の代表例
唐辛子、シナモン、山椒、丁子、生姜、紫蘇、フェンネル、葱

●陰を養う食材の代表例
ミント、セリ、セロリ、白菜、レタス、梨、キュウリ、牛蒡、スイカ、しじみ、あさり、蟹、ニガウリ、クチナシ

ニンゲンの体と陰陽のリズム
人間、眠り続けられる人も、活動し続けられる人もいません。どんなに活発な人でもいずれ必ず「眠気」が訪れ、どんなに爆睡してもいずれ必ず「目が覚め」ます。人間そのものが、「陰極まれば陽に至り、陽極まれば陰に至る」という陰陽学説に基づいた存在なのです。また、陰陽学説では月(隠)の周期と体のリズム(月経)が連動する女性は「隠の性」、太陽(陽)の周期と体のリズムが連動する男性は「陽の性」とされます。

「陰陽学説」とならび、漢方医学を学ぶうえでの基本原理が「五行学説」です。五行の‘行’は、「行動・動かすこと」を意味します。人体を構成する五つの‘行’が互いに影響を与え合い、その相互作用によって健康状態が変化していく、という考え方が漢方医学の根底にあります。

木の性質木の花や葉が伸びゆく状態が元となっており、生長・発育・昇発(上昇・発散・発揮)などの性質を表す。「春」の象徴。
火の性質炎が光って動く状態が元となっており、温熱・光明、上昇・飛躍・パワーなどの性質を表す。「夏」の象徴。
土の性質農作物を含むいろんなものを育てる地の様子が元となっており、生化(生長と変化)・受容(受け入れること)などの性質を表す。農作物が実る「長夏」の象徴。
金の性質重くて冷たい鉱物・金属が元となっており、清潔・粛降(収斂して降りること)・堅固・収斂などの性質を表す。収穫の季節「秋」の象徴。
水の性質泉や滝の流れる冷たい水が元となっており、滋潤(滋養・潤す)・下降・寒涼の性質を表す。「冬」の象徴。

五行学説とは、自然界を「木」「火」「土」「金」「水」の5種類の基本元素から構成され、森羅万象を「木なるもの」「火なるもの」「土なるもの」 「金なるもの」「水なるもの」の5つに分類し、それぞれの相互関係性の中で事象を捉えていくという、自然哲学から派生した概念です。
たとえば、人間の体を考える時、西洋医学では、組織・器官の機能に基づき「循環器系」「消化器系」「泌尿器系」「呼吸器系」「脳神経系」…といったように分類しますが、漢方医学では、五行学説に基づき、「肝系(木なる器官)」「 心系(火なる器官)」「 脾系(水なる器官)」「 肺系(金なる器官)」「腎系(水なる器官)」の五つに分類し ます。それぞれに分類された器官が相互に関係し合うことで体全体のバランスが保たれているという考え方が、漢方医学の基本にあります。
五行学説は、自然界の生死・盛衰、天地万物の変化・循環を説明する哲学思想であるため、医学や食養生のみならず、様々な学問、自然の営み、人間の営みを説く際の基盤となる概念です。四季の変化も五行の推移によって起こると考えられ、方位、農作物の成長と実り・収穫、色、 味など、あらゆる物事に五行学説が適用されます。

五行 季節 気候 方位 生化
長夏
西
五色五穀五味五果五畜五菜

(塩からい)
五官組織情志

(腱索)
小腸
(血管)
筋肉
大腸皮毛
膀胱

相生の関係
五行の各々の相対関係を示す言葉として、「相生」という言葉があります。「相生」とは、相手を「生かす」「強める」影響を与える関係を指し、たとえば、「金」は「水」を強める関係にあり、『金生水』と表記します。五臓に当てはめると、「金」の臓である「肺」は、「水」の臓である「腎」を強める関係にあります。したがって、腎の機能が弱っている症状がみられた場合、肺の機能衰退に起因しているかもしれない、と考えます。

相生関係ー促進関係
相手の要素を補い、強める影響を与える
相克関係ー抑制関係
相手の要素を抑え、弱める影響を与える
 

相克の関係
五行の各々の相対関係を示す言葉として、「相克」という言葉があります。「相克」とは、相手を「抑える」「弱める」影響を与える関係を指し、たとえば、「木」は「土」を弱める関係にあり、『木克土』と表記します。五臓に当てはめると、「木」の臓である「肝」は、「土」の臓である「脾」を弱める関係にあります。したがって、脾の機能が弱っている症状がみられた場合、肝の機能亢進に起因しているかもしれない、と考えます。